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東京地方裁判所 昭和55年(わ)736号 判決

被告人 佐藤陽一 外二名

主文

被告人佐藤陽一を懲役三年に、

被告人松井清武及び同日高英實を各懲役一年にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から被告人佐藤陽一に対し四年間、被告人松井清武及び日高英實に対し各三年間いずれも右各刑の執行を猶予する。

被告人松井清武から金五九万一三一七円を、

被告人日高英實から金五五万三四八六円を

それぞれ追徴する。

理由

第一認定事実

一  被告人らの経歴

1  被告人佐藤陽一の経歴

被告人佐藤陽一は、昭和二五年三月東京大学法学部を卒業後、同年四月に電気通信省に入省し、昭和二七年の組織変更に伴つて郵政省に移り、電気通信監理官室付副参事官をはじめとして、東海電波管理局管理部長、大臣官房文書課総合企画室長などを歴任した後退官し、昭和四三年六月に国際電信電話株式会社(以下「KDD」という。)に法務副参事として入社した。KDDにおいては、社長室総務課長、職員部長を経て昭和四九年五月三〇日社長室長に就任し、昭和五三年八月には理事となり、本件関税法違反・物品税法違反等の事件が発覚して昭和五四年一〇月二四日社長室付となるまで社長室長の地位にあり、その後社長室の機構改革に伴つて社長室付から秘書室付となり、本件業務上横領・関税法違反・物品税法違反の起訴により休職処分に処せられて現在に至つている。

2  被告人松井清武の経歴

被告人松井清武は、昭和二五年三月京都大学文学部哲学科を卒業後、同年四月郵政省に入省し、新居浜、高知、松山、大阪城東、広島等の各郵便局の郵便課長、人事部長、局長などを経て、昭和三九年六月本省人事局管理課長となり、同郵務局管理課長、大臣官房秘書課長、さらに東北郵政局、近畿郵政局の各局長などを歴任して主に労務関係の職務を担当した後、昭和五〇年七月一五日本省大臣官房電気通信監理官に就任して約二年間在職し、昭和五二年七月一九日大臣官房首席監察官となつたが、同年一一月一五日依願退職するに至り、一二月一日宇宙開発事業団監事に就任した。なお、本件起訴に伴つて昭和五五年四月九日右職を解かれ現在に至つている。

3  被告人日高英實の経歴

被告人日高英實は、昭和三四年三月に東京大学法学部を卒英後、同年四月郵政省に入省し、郵務局国際業務課条約係勤務などを経て、昭和四一年同課課長補佐、昭和四五年在ジユネーブ国際機関日本政府代表部書記官、昭和四九年八月に本省大臣官房文書調査官(郵務局国際業務課課長補佐兼務)を歴任したのち、昭和五〇年七月一八日大臣官房電気通信参事官に就任して約二年間在職し、昭和五二年七月二二日には再び郵務局国際業務課にもどつて同課長となるなど主として国際関係の職務を担当してきたが、本件起訴により休職処分に処せられて現在に至つている。

二  KDDの概要等

1  KDDの概要

KDDは、昭和二八年四月一日に国際電信電話株式会社法に基づき、国際電話、国際テレツクス、国際電報、専用回線賃貸など国際公衆電気通信事業の経営を主たる営業目的として設立された株式会社で、資本金一六五億円、本店(本社)を東京都新宿区西新宿二丁目三番二号に置き、大阪支所をはじめ国内各地に多数の電報電話局などがあるほか、国外にもジユネーブ、ロンドン、パリなど一六か所に事務所等を有している。

ところで、その事業内容の右国際公衆電気通信事業は、戦前は逓信省が所管していたが、戦後逓信省が郵政省と電気通信省に分かれた際に後者の所管となり、さらに、昭和二七年電気通信省が日本電信電話公社(以下「電々公社」という。)となるに伴つて電々公社の所管となり、昭和二八年電々公社が現物出資するという形式で電々公社の国際通信部門が独立してKDDが設立され、右事業もKDDに引継がれるに至り以後、KDDは後記の通り国際電信電話株式会社法等の法律の規定による制約や郵政大臣の監督のもとに独占的に右事業を営んでいる。

2  KDD社長室

KDD本社には社内機構として社長室が設けられていたところ、社長室には、秘書課、総務課等のほか、課制をとらないものの、渉外担当第一課長、同第二課長(昭和五二年八月一一日新設)などが置かれていた。このなかで総務課は、郵政大臣に対する許認可申請等及びこれに伴う一般的連絡事項などに関して窓口としての役割を果していたほか、海外に出張した役人等に対する接遇の指示などを含めた海外事務所の管理・運営などを所管業務としていた。また、秘書課は、役員等の秘書的業務などを所掌し、その一環として役員等交際費の出納・管理、社用贈答品の購入・管理などを行なつていた。なお、渉外担当第二課長は、秘書課から独立したものであるが事務室も同じ部屋にあり、同じく社用贈答品の購入・管理などを行なつていた。

社長室長は、こうした業務を総括する立場にあり、昭和五二年六月二八日までは副社長の、役員担当変更後の同月二九日以降は社長の直接の指揮を受けていた。このほか、社長室長を補佐するものとして、次長が置かれていた。

三  贈収賄関係

1  KDDに対する郵政大臣の監督等

KDDは、国際電信電話株式会社法により郵政大臣の監督を受け、重要な会社活動については同大臣の認可を必要としているほか、公衆電気通信法(以下「公衆法」という。)により、主要な業務についても同大臣の認可を得ることなどが必要とされている。こうした郵政大臣の職務の処理については、郵政省の大臣官房内にある電気通信監理官(局長相当。以下「監理官」ともいう。)の所掌事務とされていた。すなわち、郵政省設置法により、郵政省大臣官房に電気通信監理官二名が置かれ、それが郵政大臣の命を受けて、電々公社やKDD等を監督すること、有線電気通信を規律し、及び監督すること、電波及び放送の規律に関する事項以外の国際電気通信の管理に関する国際的取極及び国際電気通信連合(以下「ITU」という。)その他の機関との連絡に関することなどの事務並びにこうした事項に関する法令案の立案・実施に関する事務などを所掌していた。この二名の監理官相互の関係については、従来から慣例として事務担当と技術担当とに分けられ、前者には郵政省のいわゆるキヤリアが、後者には電々公社から出向してきた技術者が就任しており、法令上両者間に権限の面での差や序列はなく、決裁も両方の監理官がすることになつていたが(但し、一方が不在の時は、他方のみの決裁でよい。)、技術担当監理官は、事務担当監理官の決裁したことには反対しないのが通例であつた。

このような監理官の職務を補佐するため、次長と呼ばれる大臣官房郵政参事官(一名)のほか、複数の郵政大臣官房電気通信参事官(課長相当)及び同副参事官(課長補佐相当)が置かれ、さらに、監理官の所掌事務を処理するために、総務係、会社係、条約係など一〇の係が置かれ、各係が事務を分掌していた。電気通信参事官(以下「参事官」ともいう。)は、監理官の命を受けて、監理官の所掌事務のうち、重要な事項の企画、調査及び立案に参画する職務を有していて、各副参事官とともに、右各係の事務を分担していた。

なお、以上のような監理官以下の組織ないしその執務の場所は、電気通信監理官室あるいは単に電監室と呼ばれていた。

2  被告人松井清武及び同日高英實の各職務権限など

被告人松井は、前示の期間事務担当の監理官の職にあつたが、その所掌事務のうちKDDに関するものとしては、KDDを監督し、KDDが行なう外国政府等との間の国際電気通信業務に関する協定または契約の認可及び国際電気通信役務の料金その他KDDの行なう業務等の認可に関する事務を所掌していた。

被告人日高は、前示の期間国際担当といわれている会社係及び条約係担当の参事官として、監理官の所掌する前記事務のうち、KDDが行なう外国政府との間の国際電気通信業務に関する協定または契約の認可に関すること、国際電気通信役務の料金その他KDDの行なう業務等の認可に関すること、公衆法に基づく国際電気通信業務に関する事務を処理すること、公衆法のうちKDDに関する条項の改正案の立案(以上会社係関係)、国際電気通信条約その他国際的取極めの立案及び締結に関すること、ITUその他電気通信に関する国際機関及び外国主管庁と連絡すること、その他電気通信に関する国際機関の主宰する会議に関すること(以上条約係関係)などの事務を分掌していた。

被告人松井及び同日高が監理官若しくは参事官に在任中に取扱つたKDD関係の認可案件は、公衆法関係だけでも一〇〇件以上にのぼるが、そのうち主要なものとしては、マリサツトシステムによる海事衛星通信業務に関する件、国際海事衛星機構(インマルサツト)に関する運用協定の締結に関する件があり、その他関与したものとして、料金滞納者に対する通話停止措置(公衆法四三条改正)の件があるほか、在任中認可に至らなかつたものの、音声級及び電信級の専用回線の料金値上げの問題などがあつた。

3  犯行に至る経緯

昭和五二年三月一八日、ITUより郵政省宛に第三二回管理理事会の開催通知書が届き、電監室から被告人松井及び同日高のほか電気通信副参事官一名が出席することとなつた。被告人松井及び同日高は、前年の第三一回ITU管理理事会出席の際に当時のKDD社長室総務課長景山正からの誘いに従い、KDDが費用を丸抱えした三泊四日のオーストリー観光旅行などの接待を受けたことがあつたことから、今回も同様にKDDの世話を受けて観光旅行をしたいと話し合い、KDDの側でも後記認定の趣旨で応諾してくれるであろうと考え、旅行先など具体的なことについては、被告人松井の意向をもとに被告人日高に一任し、同被告人においてKDDに打診・交渉してみることになつた。これに基づき被告人日高は、昭和五二年四月中旬ころ、前記景山の後任で、かねてから仕事を通じて面識のあつたKDD社長室次長兼総務課長事務取扱西本正が電監室に立寄つた際、それとなくKDDの感触を得ようと考え、「今度ITU管理理事会出席の際、私と松井さんをちよつとした旅行にご案内いただけませんか。」と話し、さらに同月下旬ころ、前記KDD本社二六階にいた西本に対し電話で、希望する旅行内容として、ITU管理理事会の会期中である六月四日から九日までの間のイタリア旅行、会期後の六月一一日から一七日までのスペイン旅行の各日程案を提示したほか、KDDジユネーブ事務所の末広卓所長に右各旅行の案内を頼みたい旨をもあわせて伝え、右各観光旅行に招待されたい旨を申し出た。

4  罪となるべき事実

被告人佐藤陽一は、KDDの社長室長であつたもの、被告人松井清武は、昭和五〇年七月一五日から同五二年七月一九日までの間、郵政大臣官房電気通信監理官としてKDDを監督し、同会社が行なう外国政府等との間の国際電気通信業務に関する協定または契約の認可及び国際電気通信役務の料金その他同社の行なう業務等の認可に関する事務などを掌理していたもの、被告人日高英實は昭和五〇年七月一八日から昭和五二年七月二二日までの間、郵政大臣官房電気通信参事官として、電気通信監理官の所掌する前記事務等のうち重要な事項の企画、調査及び立案に参画する職務に従事していたものであるが

(一) 被告人佐藤は、昭和五二年四月下旬ころ、前記KDD本社二七階の社長室長室において、前記西本正より、被告人日高から被告人松井及び同日高を各一週間程度のイタリア・スペイン観光旅行へ招待して欲しい旨申し出の前示電話があつたとの報告を受け、これに対する指示を求められ、KDDが郵政大臣に認可申請した「国際海事衛星機構(インマルサツト)に関する運用協定の締結に関する件」など多数の案件の処理などに関し、便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたいとの趣旨のもとに、右申し出の応諾方とその実施を西本に指示するなどして、ここに西本との間で、前同趣旨のもとに費用一切をKDDで負担して被告人松井及び同日高をイタリア・スペイン観光旅行に招待することにつき、その約束ないし供与の共謀を遂げ、同年五月初めころ、西本において、KDD本社より電監室の被告人日高に対し、右申し出を応諾する旨の電話連絡をし、そのころ、被告人日高を通じて同松井にこの旨伝えることにより、被告人松井及び同日高との間で、前同趣旨のもとに右被告人両名をKDDの費用で各一週間程度のイタリア及びスペイン観光旅行に招待することを約して、賄賂の供与を約束し、さらにこれに基づいて、被告人松井及び同日高を右趣旨のもとに、同年六月三日から同月九日にかけて、スイス・ジユネーブより空路イタリア・ミラノへ至り、ベニス(二泊)、フローレンス(二泊)、ピサ及びボロニアに各宿泊して、同日空路ジユネーブへもどり、さらに同月一〇日から同月一七日にかけて、同所より空路スペイン・マラガに至り、トレモリノス(二泊)、セビリヤ(二泊)、コルドバ(二泊)及びマドリツドに各宿泊したのち、空路英国・ロンドンへ至る観光旅行に招待し、その間の航空賃、ホテル宿泊代等の費用として、被告人松井につき合計五九万一三一七円、同日高につき合計五五万三四八六円をそれぞれ同被告人らに負担させないで右金額相当の財産上の利益を各供与し、もつて同被告人らの前記職務に関して贈賄し

(二) 被告人松井は、前記(一)記載のとおり同月三日から同月一七日までの間、被告人佐藤及び前記西本から、前記(一)記載の約束に基づいて、同記載の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら、同記載の観光旅行の招待を受け、その間の航空賃、ホテル宿泊代等合計五九万一三一七円を負担せず右金額相当の財産上の利益の供与を受け、もつて自己の前記職務に関して賄賂を収受し

(三) 被告人日高は、前記(一)記載のとおり同月三日から同月一七日までの間、被告人佐藤及び前記西本から、前記(一)記載の約束に基づいて、同記載の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら、同記載の観光旅行の招待を受け、その間の航空賃、ホテル宿泊代等合計五五万三四八六円を負担せず右金額相当の財産上の利益の供与を受け、もつて自己の前記職務に関して賄賂を収受し

たものである。

四  関税法違反・物品税法違反関係

1  背景となる事実

KDDでは、社長の海外出張の際などの機会にKDD関係者に贈り物をすることがあり、これらの場合に贈答される社用贈答品を部外贈答品と称していた。右部外贈答品には、国内で買付けるものと役員に随行して海外に出張した社長室員が海外で買付けるものとがあり、後者の海外買付分については、被告人佐藤の社長室長就任前から秘書課秘書役の久野村欣也(昭和五二年八月以降は渉外担当第二課長)が社長室の業務としてこれを担当し、その買付、国内への持ち込み及び保管にあたっていた。右買付にあたつては渉外費の名目で支出された現金のほか、海外出張中の緊急事態に備えて現金を残しておくために後日右渉外費で清算する予定の下に随行員個人のクレジツトカードが使われるのが慣行となつていた。

ところで、KDDは、前述のように郵政大臣の監督のもとに国際公衆電気通信という公共性のある事業を独占的に行なつているものであることから、海外で大量の品物を買付けて国内に持ち込んでいることが外部に知れると、金の無駄使いをしているということのほか、買付けた品物の贈答先を含めその使途を問題にされるおそれがあつたことや、KDDの役員や随行員に対しては税関において申告を信用して厳しい検査をしない、いわゆる便宜供与がなされているとの共通の了解があつたことなどから通関に際しては、持ち帰つた海外買付にかかる部外贈答品につき、役員や随行員の個人の携帯品の体裁をとつたうえで、かつ、その一部を申告するだけでそれ以外の大部分のものについては申告せずに税関長の許可を受けないで輸入し、また、申告したものも実際の取得価格を大幅に下廻る額で申告するいわゆる低価申告をすることが社長室員間で慣行となつていた。

2  犯行に至る経緯

板野學KDD社長は、ソ連電気通信省(MINSVIAZ)との間でモスクワオリンピツク通信対策及び日ソ間海底ケーブル(JASC)に関する交渉を行なうため、昭和五四年九月二四日日本を出発した。このモスクワ出張に際しては、社長室長である被告人佐藤、秘書課秘書役桑山晶次、秘書課員佐藤信義らが随行することとなつた。

ところで、右モスクワ出張に先立つ同年七月三一日、前記久野村が急死したことから、モスクワ出張にあたつては被告人佐藤が部外贈答品の海外買付について具体的指示をすることになつたところ、同年九月一五日ころ板野社長より出張先で土産品を買つてくるよう指示された。そこで、被告人佐藤は、その旨を桑山に伝えたが、さらに後日同人より買付品目につき指示を求められ、社長以下の一行が往路の途中ロンドンに立寄ることになつていたことから、ロンドン事務所に連絡してハンドブツクを買付けるようにと指示を与え、また、ロンドン事務所の小関康雄所長より国際電話を受けて自らも直接同所長に対し小物等の買付方を指示した。その結果ロンドン事務所では、部外贈答品として事務所経費で約一一〇〇万円近くの品物を買付けるに至つた。なお、社長室からの連絡により、パリ事務所でも若干の品物を買付けた。

さらに、被告人佐藤は、こうした品物や後記のように一行が出張先の現地などで自ら買付けるなどした品物の日本への運搬について、ソ連の税関でのトラブルをおそれ、これらを一たんロンドン事務所に集結保管するなどしておき、同行した佐藤信義秘書課員をソ連からの帰途再びロンドンにもどらせ、これらを引き取つて日本に持ち帰らせることとし、九月初めころ桑山を通じてその旨を右佐藤信義に指示し、なお、同人ひとりでは運び切れないと考えて、渉外担当第二課長付調査役の浅野秀浩を英国郵電公社(BPO)との定例首脳会議準備打合わせという架空の名目でロンドン及びパリへ出張させ、佐藤信義とともにこれらの品物を持ち帰らせることとし、同月一八日ころ、その旨を右浅野に指示した。

このようにして前記のようにロンドン事務所で買付けさせることとしたほかこれまでと同様に随行員ら自らも現地で部外贈答品を買付けることになつたが、この現地買付費用については、被告人佐藤の決裁を得た一〇万ドル(USドル、以下同じ。)余りの渉外費のうちからあてられることとなり、出発前桑山によつて被告人佐藤に二万ドル、佐藤信義に同じく二万ドル、浅野秀浩に五〇〇〇ドルがそれぞれ手渡され、残余の五万ドル余りは桑山が持参したが、モスクワ出張中被告人佐藤は桑山に要求してさらに一万ドルを受け取つた。被告人佐藤以下の随行員や浅野秀浩は、この渉外費を使い出張先の各地で、また佐藤信義及び浅野秀浩においては、これまでの慣行どおり、クレジツトカードをも利用したうえでロンドンやパリで部外贈答品を買付けた。

被告人佐藤は、前記のように佐藤信義及び浅野秀浩に対し、以上買付にかかる大量の部外贈答品の日本への持ち帰りを指示した際、無申告・無許可輸入や低価申告をすることについて、具体的な指示は与えなかつたものの、自らも海外出張の際の経験などを通じて前示のような社長室の慣行を熟知しており、また、右の両名もこれまでの数回にわたる海外出張でこの慣行に従つて不正を繰り返してきたものと被告人佐藤において了解していたことから、改めて具体的な指示を与えるまでもなく、右両名においてこれまでと同様の方法をとるものと考えていた。他方、右両名もまた、被告人佐藤の持ち帰りの指示が無申告等従来どおりの不正な方法による趣旨であることを了解していた。

なお、被告人佐藤は、今回のモスクワ出張の際、往路の途中アンカレツジやロンドンで部外贈答品として後記婦人用腕時計オーデイマピゲ及びジヤガールクルト各一個を買付け、これをロンドン事務所長小関に預けておいたが、いずれも一〇〇万円近くと高額であることから、同年九月三〇日レニングラードにおいて、佐藤信義に対しケースはいらないから税関へは申告しないで裸のまま持ち帰るよう指示を与えた。

その後、被告人佐藤は、板野社長らとともに同年一〇月一日午前一一時三〇分ころ、モスクワから日本航空四四〇便で新東京国際空港に到着して帰国した。他方、佐藤信義及び浅野秀浩の両名は、ロンドンで合流したうえ、翌二日午後零時三〇分ころ日本航空四四二便で右空港に到着して帰国したが、その機内において、通関に際しては、これまでどおり無申告・無許可輸入や低価申告を行なう旨を話し合つた。このほか前記被告人佐藤の右両名に対する部外贈答品の持ち帰りの指示などとあいまつて、ここに被告人佐藤、佐藤信義及び浅野秀浩の三名の間に、右の通関に際し部外贈答品について無申告・無許可輸入ないし低価申告をする旨の共謀が成立した。

3  罪となるべき事実

被告人佐藤陽一は、KDDの社長室長として同社の秘書・総務・渉外等の事務を総括していたものであるが、右会社の業務に関し、アンカレツジ・パリ・ロンドン経由ソヴイエト社会主義共和国連邦へ出張した際ロンドン等において社用贈答品(KDDでは部外贈答品と称していた)として購入した貨物を密輸入することを企て

(一) 昭和五四年一〇月一日午前一一時三〇分ころ、日本航空四四〇便で空路モスクワから千葉県成田市三里塚御料牧場一番地の一所在新東京国際空港に到着し、その後間もなく、同空港内東京税関成田税関支署北棟旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるにあたり、同支署係官に対し、別紙一覧表一記載の腕時計等八点を携帯していたのにこれを秘し、申告すべきものは携帯品申告書に記載した外国製シヨートコート一点ほか数点以外にはなく、かつ、右シヨートコートの海外市価は三六万三五七一円(課税価格三六万六二四八円)であつたのに、一二万円に過ぎない旨虚偽の申告をし、同係官をして右シヨートコートにつき納付すべき関税は七二〇〇円である旨決定させ、もつて、同表記載の貨物を税関長の許可を受けないで輸入するとともに、不正の行為により、同表記載の貨物に対する関税一四万一四〇〇円及び物品税一六万八二〇〇円を免れ、かつ、右シヨートコートに対する正規の関税額と前記納付税額との差額六万六〇〇〇円及び物品税六万五八〇〇円を免れ

(二) 前記のように同社社長室渉外担当第二課長付調査役浅野秀浩及び同秘書課員佐藤信義と暗黙のうちに互いに意思相通じて共謀のうえ

(1) 浅野秀浩において、昭和五四年一〇月二日午後零時三〇分ころ、日本航空四四二便で空路ロンドンから前記空港に到着し、同日午後二時ころ、前記成田税関支署北棟旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるにあたり、同支署係官に対し、別紙一覧表二の1記載のネツクレス等四八点を携帯していたのにこれを秘し、申告すべきものは携帯品申告書に記載した別紙一覧表二の2記載のブローチ等四一点ほか数点以外にはなく、かつ、同表記載の貨物の海外市価は合計四五〇万二六八三円(課税価格四五四万六二七三円)であつたのに、一〇七万円に過ぎない旨虚偽の申告をし、同係官をして右貨物につき納付すべき関税は六万四二〇〇円である旨決定させ、もつて、同表二の1記載の貨物を税関長の許可を受けないで輸入するとともに、不正の行為により、同表二の1記載の貨物に対する関税三三万四九〇〇円及び物品税三四万四五〇〇円を免れ、かつ、同表二の2記載の貨物に対する正規の関税額と前記納付税額との差額六七万二六〇〇円及び物品税八四万八五〇〇円を免れ

(2) 佐藤信義において、昭和五四年一〇月二日午後零時三〇分ころ、日本航空四四二便で空路ロンドンから前記空港に到着し、同日午後二時ころ、前記成田税関支署北棟旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるにあたり、同支署係官に対し、別紙一覧表三の1記載のペンダント等三六点及び婦人用腕時計(オーデイマピゲ、ジヤガールクルト各一個。課税価格はそれぞれ九七万〇三三九円及び八一万七二八七円)を携帯していたのにこれを秘し、申告すべきものは別紙一覧表三の2記載のテイースプーンセツト等七点ほか数点以外にはなく、かつ、同表三の2記載の貸物の海外市価は合計一二四万五六八五円(課税価格一二六万三〇二〇円)であつたのに、三五万三〇〇〇円に過ぎない旨虚偽の申告をしもつて前記婦人用腕時計二個を税関長の許可を受けないで輸入するとともに、不正の行為により、これに対する関税一〇万七二〇〇円及び物品税五六万八二〇〇円を免れたほか、同表三の1記載の貨物を税関長の許可を受けないで輸入しようとし、かつ、これに対する関税一四万五九〇〇円及び物品税一二万六七〇〇円並びに同表三の2記載の貨物に対する正規の関税額と右申告に対応する関税額との差額一二万六二〇〇円及び物品税一四万六二〇〇円を免れようとしたが、同係官に同表三の1記載の貨物の一部を発見される等したためその目的を遂げなかつた

ものである。

五  業務上横領関係

1  KDDにおける交際費の管理

KDDでは、役員交際費については各役員ごとに使用限度額が定められていたが、複数の役員が共同して部外者を接待した場合等、個々の役員の交際費として処理するのが適当でないものについては役員共通分として処理され、これについては、限度額の定めがなく、実際の支出金額についても格別の制限は加えられておらず、事実上野放状態になつていた。

右の役員交際費として支出すべき現金の出納・保管の事務は、その使用が機密性と緊急性を有することから、経理部では担当せず、社長室長が部下の秘書課長を担務者に指定して、その事務を処理させていた。

すなわち、役員交際費にあてるべき資金は、社長室秘書課長か社長室次長、室長及び社長(但し、昭和五二年六月二八日以前は副社長)の決裁を受け、一枚につき二〇〇万円(但し、昭和五〇年七月以前は一〇〇万円)の領収証(社内領収証と呼ばれており、金額と交際費との記載のほかには、使途の内訳等の記載が全くないもの。)を作成し、これによつて経理部会計課より同額の現金を受領し、この現金を秘書課長ないしその事務を補佐する交際費担当の秘書役が同課の金庫内に保管してプールしておき、役員から請求のある度にこの中から支出・交付していた。こうした場合、経理部会計課では、社内領収証により現金を秘書課長に交付した時点で現金が社外に流出したものとして経理処理をしており、事後精算等の手続は何らなされず、その使途等についても一切関与しないことになつていた。なお、秘書課が経理部に対して行なうこの社内領収証による交際費の請求は、一回に一枚とは限らず、何枚もの領収証で請求されることもあつた。

他方、社長室秘書課長ないしその事務を補佐する交際費担当の秘書役は、各役員からの請求に応じ前記のプールしてある資金から役員交際費を支払い、その後、定期的に証ひよう書類を添えて社長室長まで決裁にあげ、支出内容を報告して承認印の押捺を受けていた。このようにして社長室長は、役員交際費として支出すべき現金につき、責任者として、その出納・保管の職務権限を有し、同金員を業務上保管していたものである。

2  犯行に至る経緯

被告人佐藤は、社長室長に就任した後の昭和五一年初めころ、当時交際費担当の秘書課秘書役として被告人佐藤さらには社長室秘書課長のもとで、その指揮を受けて資金の出納・保管の事務を行なつていた榎本文二(同人は、昭和五二年八月に秘書課長になつてからも同事務を担当し、昭和五三年八月後任の内山充に席を譲るまでその事務にあたつていた)より、そのころ副社長であつた板野學が私的な買物をした際の領収証などを会社に持参し、役員交際費として支出すべき現金からその領収証の金額に相応するものを不正に支出させていると聞かされた。

しばらくして、被告人佐藤はKDDの女子職員である愛人に贈り物をして手許が不足気味となつたため、自分も板野副社長と同様にして役員交際費として支出すべき現金を私的に流用して小遣銭にあてようと決意し、榎本に対し、贈り物を買つた際のレシートを渡し、「このレシートの金を君のほうの交際費で落してもらえるかね。」と依頼したところ、その意を察した榎本が言われたとおり保管中の現金から右レシート記載の金額に相応するものを被告人佐藤に渡した。これを契機に、被告人佐藤は、自分の趣味で購入したミニチユアカー、美術品等や愛人に贈るため購入した婦人用衣類、装身具等の領収証を利用して、社長室秘書課長ないしは交際費担当秘書役より役員交際費として支出すべき資金のなかから現金を持ち出させ、これを自己のものとして費消するということを繰り返すようになり、秘書課長らにおいては、右領収証を役員交際費のうちの役員共通分として処理するなどしていた。

3  罪となるべき事実

このようにして、被告人佐藤陽一は、昭和四九年五月三〇日から昭和五四年一〇月二四日までの間、KDDの社長室長として、役員交際費として支出すべき現金の出納・保管の業務等に従事していたものであるが別紙一覧表四記載のとおり、昭和五一年八月上旬ころから昭和五四年八月下旬ころまでの間、前後八七回にわたり、いずれも前記KDD本社内社長室長室において、同会社のため業務上預り保管中の右金員の中から合計一三七七万六一六八円をほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領したものである。

第二証拠の標目(略)

第三弁護人の主張に対する判断

被告人佐藤の弁護人は、本件公訴事実中、贈賄及び関税法・物品税法違反の点につき、事由を縷述して、その犯罪の成立が認められないなどと主張するが、その主張はいずれも理由がないのであつて、以下、その主要な点につき、当裁判所の判断を付加説明する。

一  贈賄罪に関する国外犯の主張について

まず弁護人は、本件公訴事実中被告人佐藤の賄賂の約束及び供与の各行為はいずれも犯罪として処罰を求めることはできず、刑事訴訟法三三九条により公訴棄却されるべきであるなどと主張し、その論拠として、本件の賄賂の各供与は、国外において行なわれているが、刑法一ないし四条の規定によれば贈賄罪については国外犯を処罰する旨は規定されておらず、したがつて供与については罪とならないこと、及び本件の賄賂の約束は、贈賄者については犯罪として処罰されることのない国外における賄賂提供を約束したものであつて、いわば「行為の事情が構成要件に該当する性質を欠く場合」であつて事実の欠缺により犯罪は成立しないことなどをあげている。

なるほど、本件賄賂の供与自体は他国の領域内で実行されているのであつて、これだけを切り離して考えれば、こうした供与にわが刑法の効力が及ばないことは刑法一ないし四条の諸規定に照らしても明らかである。しかし、わが刑法の場所的効力の範囲を決定するにあたつては、わが国における法秩序の維持と法益保護との関連において、刑罰権の行使に支障がないことを基本とすべきであつて、刑法一条一項にいう「日本国内ニ於テ罪ヲ犯シタル」とは、犯罪構成事実の全部が日本国内で実現したことを要すると限定して解釈すべきではなく、その一部が日本国内で実現するをもつて足り、犯罪構成事実の範囲如何も、この観点から決すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみると、賄賂の供与が国外で実行されているとしても、その共謀や約束が日本国内で行なわれていることは判示のとおりであるから、犯罪構成事実の一部が日本国内で実現されたものとして、賄賂の供与を含めた全体が刑法一条一項に規定する国内犯に該当すると解すべきである。

弁護人は、とくに贈賄罪における約束と供与の関係を指摘して国内犯の成立を否定するのであるが、贈賄罪における約束とこれに基づく供与は、相互に手段・結果の関係にあり、ともに同一法益の侵害を目的として進展する継続した一連の行為であつて、結果である供与が実現されたからといつてその約束の可罰性が消滅するべき筋合のものではないから、刑法一条一項の適用においては、これを一体として一個の犯罪と評価するのが相当である。いずれにしても、弁護人の主張は採用することができない。

二  賄賂の約束・供与の共謀について

次に、弁護人は、被告人佐藤と社長室次長兼総務課長事務取扱の西本正との間には、賄賂の約束・供与の共謀はなかつた旨主張する。しかし、関係証拠によれば判示第一の三の3及び4の事実が認められる。すなわち、西本は、証人として当公判廷において、「昭和五二年四月下旬ころ、前判示の電話があつたので、直ちに二七階の社長室長室の被告人佐藤のもとに赴き、右電話の趣旨を伝えてその指示を仰いだところ、被告人佐藤は、費用については『全部うちでみてやればいいじやないか』と、また、旅行の案内については『先方がそうおつしやるなら人をつけてやればいいじやないか。』と述べ、さらに自分の『うちでみるということは飛行機代、ホテル代も含むのか』との念押しに対し、『それもみてやればいいじやないか』と述べたので、右指示に従つて同日ころ、ジユネーブ事務所の末広所長に対し、費用はKDD持ちで被告人松井らのイタリア・スペイン旅行についての細かいスケジユールをたててもらいたい旨連絡した」旨供述しているところ、弁護人はこの供述の信用性についても争うもののようであるが、西本は、右の点につき電話を受けた正確な日時や交わされた会話の具体的文言についてまでは格別、捜査段階以来一貫して右と同旨の供述をしており、その証言態度も慎重であり、証言内容自体についても、不自然な点はなく、具体的であつて、その供述ないし証言の信用性は優にこれを肯認できる。また、被告人佐藤も、捜査段階においては検察官に対し前記西本と同旨の供述をしているのである。そして、こうした供述等によれば、被告人佐藤と西本との間で賄賂の約束・供与についての共謀があつたことは明らかである。

ところで、被告人佐藤は当公判廷で縷々弁解し、飛行機代やホテル代については公費支給額を超える費用をKDDで負担することを念頭において西本に接待方を指示したものであつて、費用全額を負担するように指示したことはない旨供述しているところ、たとえ被告人佐藤の弁解どおりであつたとしても、贈賄の共謀や犯意そのものが否定されるかどうかは極めて疑わしい。それだけではなく、右の弁解は公判段階に至つてはじめてなされるにいたつたものであつて、捜査段階においてはみられなかつたばかりか、不自然かつ具体的根拠に欠けるものであつて、前示採用の証拠と対比して、たやすく信用することができない。また、被告人佐藤は、西本が指示を仰いできた際に自分は末広ジユネーブ事務所長が二週間もの長期間勤務地を離れるということに重点をおいて西本の話を聞いたと述べているが、たとえ右の点が社長室長として念頭におくべき重要なことであつたとしても、費用の点についての西本の念押しに対し了解を与えていることは前示認定のとおりであつて、この点も本件共謀の成立を否定する事情とはいえない。

三  賄賂の約束罪の成立について

また、弁護人は、たとえ本件賄賂の約束罪が成立していたとしても、それは、西本が先行して事を運び、被告人日高との間で成立させたものであつて、被告人佐藤の了解や指示はその後に与えられたものであるから、被告人佐藤には賄賂の約束罪は成立しない旨主張する。なるほど約束罪の成立には当事者間の意思の合致が必要であることはいうまでもないところ、関係証拠によれば、西本は被告人日高より判示の電話を受けた際、その場で希望どおり手配する旨返事して即答した事実が認められ、その時点では、被告人佐藤は、いまだ本件に直接関与していなかつたことは弁護人指摘のとおりである。しかし、関係証拠によれば、KDDでは、海外事務所員の出張については副社長の、また、海外事務所における接遇については社長室長の了解がそれぞれ必要とされていたところ、西本は監督官庁からの申し出という事柄の性質や体面などもあつて即答はしたものの、内心はあとで被告人佐藤の了承を得なければと考え、他方、被告人日高においても、その手続の詳細は別として西本単独で右申し出に対する諾否を最終的に決めることはできず、何らかの形で上司の承認を得ることが必要であると考えていたことが認められる。また、被告人日高より賄賂申し出の電話を受けた直後に西本と被告人佐藤との間で賄賂の約束・供与について共謀が成立したことは前示認定のとおりである。さらに関係証拠によれば、右共謀に基づいて西本は、前記被告人日高の電話より一週間ほどした昭和五二年五月初めころ、「旅行の件についてはご依頼の通り手配しておきました」旨同被告人に電話連絡しており、さらにその頃その旨が被告人日高より同松井にも連絡されていることが認められる。これらの事実によれば、西本の被告人日高に対する右の電話連絡こそ、賄賂の申し出を応諾する旨のものということができるのであつて、被告人佐藤にも賄賂の約束罪が成立することは明らかである。

四  関税法違反・物品税法違反の共謀について

さらに、弁護人は、佐藤信義及び浅野秀浩が携帯品として無申告・無許可または低価申告で輸入し、あるいは輸入しようとした部外贈答品の貨物に関する関税及び物品税のほ脱のうち、オーデイマピゲとジヤガールクルトの婦人用腕時計各一個を除く部分については、被告人佐藤には共謀共同正犯として刑事責任を問われるような共謀の事実を認めることはできないと主張する。しかし、関係証拠によれば、前記第一の四1及び2の各事実が認められる。いま改めてこれを要約すると、KDDの社長室では、判示にもあるように役員の海外出張に際し海外で部外贈答品を買付け、帰国時の通関に際しては随行の社長室員等においてこれを個人の携帯品として、かつ、その大部分については申告せず税関長の許可を受けないで輸入し、また、申告したものも実際の取得価格を大幅に下廻る額で申告するのが慣行となつていたこと、右慣行が生じた最大の理由は、KDDの公共的・独占企業的性格にかんがみ、正規に会社の輸入貨物として正しい申告をすることで部外贈答品の購入による金の無駄使いやその贈り先等が問題とされ、社会的に非難を招くことをおそれた点にあつたこと、被告人佐藤は社長室長として、佐藤信義及び浅野秀浩は社長室員として、本件犯行以前にも役員の海外出張に随行し、久野村などから聞くなどして右慣行を知り、そのよつてきたるゆえんについても右のような共通の認識をいだき、実際にも数回にわたつて自ら無申告・無許可輸入ないし低価申告を行なつており、互いに相手方のこのような事情も知つていたこと、とくに被告人佐藤は、社長室長として社長室の右のような悪しき慣行を制止すべき立場にあつたのに何らこれを制止しないどころか、右のように自らもこれに加担していること、被告人佐藤は、本件モスクワ出張に際し、部外贈答品買付の原資たる渉外費の支出について決裁し、また、ハンドバツク等の部外贈答品の買付についてロンドン事務所に指示するほか、自らも旅行先で買付にあたり、あるいは買付の指示をしていること、佐藤信義に対し、桑山晶次を通じてソ連からロンドンへもどつて部外贈答品を持ち帰ることの指示を与え、さらに、浅野秀浩に対しては自ら架空の出張目的を案出したうえで、わざわざ部外贈答品の運び屋としてロンドンに赴くことを命じていること、自ら購入した婦人用腕時計二個(オーデイマピゲ及びジヤガールクルト)については、密輸入の具体的方法まで教えて、佐藤信義に対し、これを無申告・無許可輸入するよう命じていること、現に本件において自らも無申告・無許可輸入及び低価申告していることなどである。そして、以上の事実とりわけ佐藤信義をロンドンにもどし、浅野秀浩に対してはわざわざ日本よりロンドンまで赴かせてそれぞれ部外贈答品を持ち帰るよう指示している点や、被告人佐藤も、当公判廷(第四回)において、佐藤信義らが買付にかかる部外贈答品を全部通関の際に申告することはまずいので、全部は申告しないで持ち帰つてもらいたいと思つていて、具体的な指示をしなかつたのは、いままでにもそういう例があるので上手に通関してくれるだろうとみていたからであることを供述していることなどにかんがみると、被告人佐藤について、佐藤信義及び浅野秀浩の判示各関税法違反・物品税法違反の行為に関し判示の共謀が成立していたことは優に肯認することができるのであり、被告人佐藤につき共謀共同正犯としての刑事責任のあることは明らかである。

なお、この点に関し弁護人は、起訴状の公訴事実の記載が訴因を明示していないと主張するもののようであるが、本件関税法違反・物品税法違反の訴因については、共犯者による実行行為につき、行為者、行為の日時・場所・方法等が極めて具体的に記載されているのであるから、訴因の特定明示に欠けるところはない。さらに、弁護人は、佐藤信義や浅野秀浩らがクレジツトカードを利用して部外贈答品を購入した点に言及し、右購入分については、被告人佐藤の予想外で共謀の範囲外であるかのように主張する。たしかに被告人佐藤が右クレジツトカードの使用を事前に知つていたとする直接明示の証拠はない。しかし、クレジツトカードによる購入分については、のちに渉外費で清算されており、この渉外費自体については被告人佐藤は事前に決裁してその額を知つていること前示のとおりである。また、右の清算額がたとえ渉外費の額を越える場合があるとしても本件において部外贈答品の買付が渉外費の枠内に特段に限定されていたとの形跡は見当らず現に事務所経費から支出されていることも前示のとおりである。本件において、買付代金がロンドンやパリ事務所の事務所経費によるか、渉外費として持参した現金によるか、はたまたクレジツトカードで買付けてのちに清算されるかは、単なる支払手段の問題にすぎないと認められる。結局において、クレジツトカードを利用して買付けた分についても、被告人佐藤につき共謀の成立を妨げるべき事由は認められない。

第四法令の適用

被告人佐藤の判示第一の三の4の(一)の被告人松井及び同日高に対する各賄賂の約束及び供与の所為は、いずれも包括して刑法六〇条、昭和五五年法律第三〇号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法一九八条一項、一九七条一項前段に、判示第一の四の3の(一)及び(二)の(1)の各所為のうち、関税ほ脱の点は関税法一一七条、一一〇条一項一号に、無許可輸入の点は同法一一七条、一一一条一項に、物品税ほ脱の点は物品税法四七条、四四条一項一号((二)の(1)については、いずれもさらに刑法六〇条)に、判示第一の四の3の(二)の(2)の所為のうち、関税ほ脱の点は包括して刑法六〇条、関税法一一七条、一一〇条一項一号に、無許可輸入の点は包括して刑法六〇条、関税法一一七条、一一一条一項に、物品税ほ脱の点は包括して刑法六〇条、物品税法四七条、四四条一項一号に、判示第一の五の3の各所為は、いずれも刑法二五三条にそれぞれ該当するところ、判示第一の三の4の(一)の被告人松井及び同日高に対する各贈賄は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い被告人松井に対する贈賄罪の刑で処断することとし、判示第一の四の3の(一)、(二)の(1)及び(二)の(2)の関税ほ脱、無許可輸入及び物品税ほ脱はいずれも一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪として刑及び犯情の最も重い物品税法違反の罪で処断することとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の五の3の別紙一覧表四番号64の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人佐藤を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右の刑の執行を猶予することとする。

次に、被告人松井の判示第一の三の4の(二)及び同日高の判示第一の三の4の(三)の各所為は、いずれも行為時においては昭和五五年法律第三〇号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法一九七条一項前段に、裁判時においては右改正後の刑法一九七条一項前段に該当するが、右は犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、その所定刑期の範囲内で被告人松井及び同日高をいずれも懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用して被告人松井及び同日高に対し、いずれもこの裁判の確定した日から三年間右各刑の執行を猶予することとし、被告人松井が判示第一の三の4の(二)の犯行により、また、被告人日高が判示第一の三の4の(三)の犯行によりそれぞれ収受した各賄賂はいずれも没収することができないので、同法一九七条の五後段により被告人松井からその価額金五九万一三一七円を、被告人日高からその価額金五五万三四八六円をそれぞれ追徴することとする。

第五量刑の事情

本件は、密輸入の摘発に端を発したKDD事件といわれるもののうち、KDD社長室長が関与した一連の犯行であつて、これを大別すれば、社長室長次長も共犯として加わつた郵政省幹部らとの贈収賄事件、KDD社長室員を巻き込んで犯したいわゆる密輸入事件、さらに単独で犯した業務上横領事件より成る。KDDは、株式会社ではあるが、判示のように公共性の極めて高い法人であつて、これが舞台となり、また一部にその監督官庁である郵政省が関係した本件が社会に与えた衝撃は大きい。このうち、贈収賄の事件は、郵政官僚とKDDとの癒着を物語るものであつて、公正であるべき郵政行政に汚点を残したにとどまらず、公務員全体の清廉性に対する国民の信頼を裏切つたものといえる。次に、密輸入事件は、以前からKDDが社長室ぐるみで反覆累行し、慣行化されてきたものの一環で、常習的・計画的犯行というのほかはない。また、法人のKDD自体は公判請求を受けていないとはいえ、本件の実態が組織を利用した企業犯罪であることも明らかである。しかも、本件で持ち込まれた貨物は、起訴されたものに限つて、総数一四〇点余り、買付価格は一〇〇〇万円を上廻る多額のものであつて、ほ脱税額も三〇〇万円を超える規模のものである。そのうえ、密輸入の動機は判示のとおりであつて、その贈答先などをめぐつて国民に多大の疑惑を招き、KDDの社会的信用を著しく失墜させたものといえる。さらに、業務上横領事件は、役員交際費に関するKDDの経理処理の盲点を巧みに利用して私欲を満たしたもので、その乱脈ぶりは目に余るものがある。また、その犯行は、三年間の長期にわたり横領金額も合計して一三七〇万円余りと多額である。こうした個人的犯罪まであることに照らしても、本件の腐敗は深刻なものであつたということができる。

ところで、被告人佐藤は、KDD社長室の最高責任者として、諸般の不正を阻止できる立場にありながら、共犯者西本の躊躇をも意に介することなく、むしろ積極的に賄賂の要求に応じて供与等の実行を指示しているのであり、また、密輸入においても、それが被告人佐藤の社長室長就任以前からなされていたものとはいえ、これを制止しようとしたことはなく、むしろ本件では、犯行の中心的役割を果たし、一部なりとも密輸入の方法まで具体的に指示し、加えて自らも一部につき実行行為に及んでいるのである。さらに、業務上横領の犯行についても、板野元社長(犯行の当初は副社長)の不正を聞き、制止するどころか、これに同調・便乗したものであり、KDDの女子職員である愛人の歓心を買うためなど動機において何ら酌量すべき事情は認められずKDD幹部職員としての自覚に欠け、公私混同も甚だしいものといえる。以上の諸事情にかんがみると、被告人佐藤の刑責は重いといわなければならない。

次に、被告人松井及び同日高は、郵政省にあつてKDDを直接監督すべき立場にありながら、自ら要求して賄賂を収受したもので、収受自体は海外出張中という特異な状況下でなされたとはいえ、一般の社交儀礼の域をはるかに超えるものであり、これを出発前に要求・約束していたことは悪質といわざるを得ない。たとえ、その根底に、郵政省とKDDの沿革等がもたらす身内意識があつたとしても、むしろ、それだけに、かえつて節度をわきまえて自制すべきであつたのに、前年のオーストリー招待旅行に引き続いて本件に及んだことは甚だ遺憾であり、本件をもつて、単なる一時の気のゆるみから出た犯行とみるのは相当でなく、KDD業務のユーザーひいては国民不在の行政がもたらしたものとの批判を受けても止むを得ないといわなければならない。こうした点などにかんがみると、被告人松井及び同日高の刑責は軽視することができない。

しかし、本件贈収賄事件の背景には、むしろ日常化していたともいえるKDD海外事務所における接遇のあつたことは否めないところである。被告人佐藤は、こうした状況下で本件贈賄の犯行に及んだものであり、その直接のきつかけが受動的であつたことも、前示のとおりである。また、密輸入についても、被告人佐藤の関与する以前から社長室の慣行となつていたものであり、ほ脱した税の納付等は本来KDDにおいて解決すべきものともいえる。さらに、本件中、刑の最も重い業務上横領については、被害者であるKDD自体の管理体制にも役員交際費共通分を事実上野放状態にするなど欠陥のあつたことは否定し難いところであるうえ、その後KDDとの間に示談が成立し、起訴にかかる被害金額も元本だけではあるが弁償されている。このような事情は被告人佐藤のために、それなりに考慮すべきと思われる。

次に、被告人松井及び同日高についても、犯行は前示のような背景でなされたものであり、そのきつかけとなつた前年のオーストリー招待旅行はKDD側の誘いに始まつたものであつて、本件賄賂の要求も、こうした状況下でなされたものである。また、犯行は判示の程度にとどまつていて、その後、いずれも本件を悔悟し、それぞれ収賄額に見合う金額を更生保護事業に寄付していることなど酌むべき事情が認められる。

以上のほか、被告人三名は、いずれも、本件で逮捕、勾留されるなどしたうえ、勤務先から判示のような処理・処分を受け、今後の処分が残されている者もあるなど相当の社会的制裁を受けているほか、これまで、それぞれの分野で実績をあげ、社会に貢献してきたもので、もとより前科前歴等もない。その他、反省の程度・家庭の事情・関係者(法人であるKDDを含む。)の処分との均衡など一切の事情を総合勘案すると、前示のように、被告人ら、なかんずく被告人佐藤の刑責は軽視できないものではあるが、被告人らに対しては、主文掲記の刑に処したうえ、いずれも、その刑の執行を猶予するのが相当と認められる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 小瀬保郎 久保眞人 川口政明)

別紙一覧表一乃至四(略)

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